お侍様 小劇場 extra
〜寵猫抄より

   “緑のそよ風”


遠縁同士とはいえ、独身男の二人住まいという身軽さから、
原稿への取材だったり、はたまた入稿後のリフレッシュだったり、
盆と正月、特別な日の羽伸ばしなどなどと。
ともすれば旅先から別の目的地へという“はしご”もザラなほど、
以前は、やたら頻繁に遠くまで旅行していたし。
その手の外出続きだったため、
家のキッチンに何もストックがないからと、
晩餐やランチどころか、
朝食までもが外食になることも特に珍しくはなくて。
もしかして 家自体に結界でも張ってあるんじゃなかろうか、
じゃあないなら、自分とせんせえの相性が最悪だってことかなぁと。
間が悪くてか なかなかご本人と直接会えない新人編集者たちの間で
結構 長々囁かれていた鉄板の逸話、
“島谷せんせえ風来坊伝説”も
もはや ベテランの間でだけのネタか笑い話になっているほどに、
今や お家での寝起きが当たり前、
日帰り範囲での遠出も滅多にしないという、勘兵衛と七郎次なので。

 「お、そういえば今日は“衣替え”か。」

 「ええ。でも、半袖はもう出しておりましたし、
  おコタも連休前にしまってますから、ピンと来ませんが。」

出先だったり
直前まで魂を注いでいた原稿が 季節感前倒しだったからと、
うっかり節季に気づかなんだという事態もずんと減った。
今年は日和の急な夏催いに、それこそあれこれ前倒しになってた中、
それでも一応、暦の上での節目に合わせてのこと、

 「家中のカーテンを、一斉に夏物へと取り替えてみました。」
 「にゃんにゃっ♪」
 「みゃうにぃvv」

両の手のこぶしを腰に当て、
えっへんと胸を張った有能秘書殿に調子を合わせ、
足元の左右に、いい子のポーズでお座りしている薄茶と漆黒の仔猫たちも
その寸法で一体何をどう手伝ったのやら、
絶妙なデュエットで“どーだ♪”という意のお声を続けておいでで。

 「何だ、お前たちも頑張ったというのか?」

リビングの掃き出し窓を舞台に見立てるなら、
そのセンターに陣取っておいでの一人と二匹だったのへ。
寝室から洗面所経由、
少々寝坊をし、今やっとお顔を見せたばかりという勘兵衛が、
精悍なお顔を和ませつつ歩み寄って来たのへと、

 「みゃあvv」
 「みゃいvv」

小さな毛玉が、後脚にバネをためたタイミングもぴったり合わせて、
屈み込んでくるのを見越してのこと、
間近になった懐ろ目がけ、ぴょぴょいと飛びついてよじ登るのも、
このところの“いつものこと”じゃああるのだけれど。

 “〜〜〜〜。///////”

幼くも小さな者たちを甘やかす御主のお顔の、
何と頼もしくも好もしいことかと、
しっかり者の秘書殿も、
ついつい口元が甘酸っぱくもたわんでの、頬笑みモードへゆるんでしまう。
酸いも甘いも苦いも辛いも、いろいろと蓄積して来た末のそれ、
冴えた目許に引き締まった口許、やや頬が薄めの彫の深いお顔に、
豊かだがまとまりの悪い蓬髪、あごにはお髭。
着痩せして見えるが、結構 筋骨充実している身と相俟って
冷静に分析すれば、何ともむさ苦しい風貌だというに。(そこまで言う)
愛らしい仔猫を抱えると、
途端にアットホームな優しさを帯びるから不思議なもの。
仔猫の肢体が余ってしまう重たげな大きい手なぞ、
いかにも頼もしい“父性”の象徴ではなかろうか。

 “いいなあ、二人ともまだ小さい子だしvv”

人目がなけりゃあ…ああ、いやいや、
いくら何でも、あのように何の衒いもなく、
わぁいと御主の懐ろへ飛び込むなんてことは、
外聞には響かなくとも、ご当人へこそ恥ずかしい。
いくら何でも年齢が年齢だし…とかどうとか、
自分は無理無理無理…と思う時点で
既に希望が見え隠れしてないか七郎次さんという判りやすいレベルにて。
さっきまでえっへんと張っていたお胸の前へ
白い両の手を寄せ合わせ。
えっとうっと…//////と、既に含羞んでいるものだから。

 “かわいい奴だの♪”

仔猫らの無邪気さへいう笑みに紛らせてとはいえ、
肝心な勘兵衛様から、
目許たわめられての 既にそうと微笑まれていては。
ご当人への“恥ずかしい”は、
もはや どうでもよくないでしょうか、七郎次さん。(苦笑)


  ……それはともかく


いかにもスタイリッシュな独身貴族よろしく、
かつては旅行や外出が鉄板のデフォルトだった、
そんな島田さんチの習慣を塗り替えてしまったほどに。
しっかり家人、あ・人じゃあないか、
島田さんチの“家族”となっておいでの
久蔵ちゃん(メインクーン♂・推定幼児 年齢不詳)と
クロちゃん(黒猫♂・推定乳幼児 年齢不詳)だが。
最近、それもこの家へ現れた クロちゃんの方はともかく、
久蔵の方はといや、
出先で現れ、しかもしかも、当初は勘兵衛の方へ懐いていた筈なのに。
今や、それは優しく構ってくれる七郎次の方へと くっついていがち。
会社へ出掛ける勤めじゃないが、
執筆中は朝晩の区別もなくなってのお籠もりになってしまう勘兵衛から、
今はダメだよ、一緒にいようねという説得つきながら
半ば強引に引き剥がされていたのも…当初の半月くらいのもので。

 「にゃっ。」
 「え? あっ。」

向かい合っているとはいえ、
立ち上がっていた勘兵衛の懐ろからだったから高さもあったというに。
大胆にもぴょんと、身軽に中空を飛んで来たキャラメル色の小さな仔猫。
慌てたように手を延べ、受け止めた
七郎次の懐ろからおっ母様のお顔を見上げると、

 「みゃ〜ん♪」

小さなお口をぱかりと開き、
そりゃあ甘い長鳴きでもって、
ねえねえというお声を掛けてる甘え上手さんであり。

 「あ、そうだね。ご飯にしよっvv」

頬や目許をほんのり赤らめて、
ある意味、勝手に困っておいでのおっ母様。
なので、
ここは自分で我に返るより、勘兵衛が声を掛けるより、
幼き者が何かおねだりしたので…という線で
話の流れを変えた方が無難ではないかと、

 “…考えてはないだろうな。”
 《 でしょうねぇ。》

今のは100%空腹に従ったまでだろうと意見が一致した、
実はずっと以前から主従だったりする勘兵衛とクロの
“内心の会話”だったりするほどに、

 「にあ。」
 「はいなvv」

ご飯も美味しい、柔らかいお手々も気持ちいい、
覗き込んでくれる青いお眸々もキラキラしていて、
見つめ合っていると胸の底からほこほこしてくる。
そんな“お母さん”な七郎次さんのこと、
今や誰より大好きならしい坊やだったりするようで。
な〜ん・まぁうvvと胸元への頬っぺすりすりで甘えられて
まんざらでもないくせに、

 「もうもう、危ないことをして、
  床へすとんと落ちていたらどうしますか。」

一応は叱るところが母親仕様。つか、

 「いやいや、七郎次、
  その子は猫だからこのくらいは。」

 「いいえ、いくらネコでもね。
  過信してちゃあいけないってもんですよ、勘兵衛様。」

キャラメル色のモヘアのような ぽあぽあした毛並みも愛らしく、
ちょっぴり大きめのお耳に、
胸元に盛り上がっている純白の毛並みがおしゃまな印象なれど。
今はまだ 大人の手のひらに余裕で乗っかるサイズの
小さくも幼い久蔵ちゃんには、
七郎次さんの側からも骨抜きなのであり。

 しかもその上、
 こちらのお宅の大人二人にだけは

エアリーなカールが軽やかな金の髪をし、
白い額にほわふわな頬、
ツンと立ってる小鼻もまだまだ幼い造形で、
何よりしっとりやわらかい緋色の口元のあどけなさと言ったら、
どこの聖画の天使さんにも引けを取らない愛らしさ。
四肢も寸が詰まっていての可憐で愛くるしく、
まだまだ余裕で抱っこ出来るお年頃の、
小さな小さな男の子、にしか見えてないと来たもんだから。
猫ならば案じることもなかろう腕白へも、
ついついドキドキしてしまう過保護なおっ母様なのであり、

 「みゃあう?」

姿がいかように見えても、
会話がこれでは意は通じぬかと思いきや、

 「ん〜?
  今朝はねぇ、しらすの釜上げと出し巻き玉子と、
  チクワと飛龍頭の薄味煮もあるよ?」

真っ赤というのはなかなかに珍しいそれ、
光を集めて作った宝珠のような澄んだお眸々を
はにゃんと愛らしく瞬かせ。
幼いお顔、かっくりこと傾けつつ 何か訊かれたりしたならば。
期待に応えんでどうするかというスイッチが自然と入り、
話の流れとか相手のご所望とかへの先読みにも、
一段と鋭くなれる…というものだそうで。
そうまで甘甘な七郎次も七郎次だが、

 “あれが、
  夜中には百戦錬磨の大剣豪に変わるというから。”

昼間のこの無邪気な様子を、
どう揶揄されようが突き付けられようが、
そんなの私のことじゃありませんと通せる、究極の鉄面皮男。
七郎次とそれほど年の差もなさそうな風貌の、
しかもしかも、大太刀という得物を振るい、
鋭い一閃で敵を薙ぎ倒す、
一端の腕もつ大妖狩りの美青年というのが、
実は久蔵の真の姿だと来たもので。

 “うまく相殺されておるものよの。”

よそ様からすれば、ただ単に
可愛がっている仔猫を抱えているだけの七郎次かもしれないが。
勘兵衛から見りゃ、
保育園の年少さんから年長さんへとスキルアップした腕白坊やと
そんな彼に激甘な年若な父との、
パパ特製の朝ご飯を食べましょうねと
目尻を下げておいでの図でしかないのが、
可笑しくてしょうがない朝だったりするのだそうで。

 “昨日なぞ…。”

そろそろ増える小バエの用心にと、
外出しのポリバケツへ張った薬剤の匂いのせいだろう、
いつものようにご機嫌でついてった久蔵が、

 『みぎゃあっっ!』

血相変えてのとんでもないダッシュで駆け戻り。
リビングにいた勘兵衛の背後へ、隠れるように飛び込んでしまっての、
七郎次を避けるような、ついでに責めるようなお顔になったのへ、

 『いつぞやに行者ニンニク持って来てくれたキュウゾウくんが
  匂いのせいだけで怖々と避けられたのって、
  恐らくは こんな気分だったのでしょうね。』

小さなお手々で勘兵衛のおズボンへとしがみつき、
その身を晒すのもおっかないと、隠れようとしての避けられていたのへ。
あああ、そこまでしますかと、
口元引きつらせ、総身をこわばらせ、
言ったらますます傷ついたろうが、
例の虫が出た折よりも衝撃を受けていた七郎次だったくせに。

 「あ、ほら。
  勘兵衛様もクロちゃんも、早くおいでなさいませ。」

 「にゃあにゃvv」

でないと出し巻き、大きいのから取っちゃいますよと、
何ともかわいいことへの共犯者を気取っておいでで。
あはは・うふふ、キャッキャ・うふふという
甘い甘い擬音が聞こえそうな浮かれようの間柄へ、
とっとと戻っておいでなのだもの。

  平和なのはいいけれど、
  思わぬ大妖は来た折は どうかしっかり守っておくれねと、

主には小さな守護精霊様へ、
溜息つきの苦笑を投げた勘兵衛様だったのでありました。





   〜Fine〜 13.06.01.


  *うう、最初のネタが単なるおまけになってしまった。
   いえね、
   そろそろ生ゴミに小バエがたかるよと、
   妹が気を利かせて買って来た虫よけシートって、
   ミントだかメントールだか独特な匂いがしたので、
   『これってペットボトル以上に猫も嫌がるんじゃないかしら』と
   思ったのが、そもそもの発端だったんですけれど…。
   恐るべし、シチさんとキュウのラブラブパワーvv
   (いやいや、そんな話だったかな?)笑

  *蚊も出て来た今日この頃で、
   肌へ塗るスプレーとか何とかってあんまり信じてない私としては、
   蚊取り線香を焚きたいとこなんですけどねぇ。
   同居する今時のお嬢さんがたが
   あの匂いを嫌っておいでなんで困ったもんです、はい。
   あ、これは日記へのネタだわ。(まったくだ)

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